その夜、夕香は寄宿寮に戻り部屋で呑気に寝ていた。妖気を持っている以外は人と変わ
らない夕香は少し六感が鋭かった。あとは野生というべきか鼻が利く。嵐や、犬神の血を
引く月夜ほどではないが常人よりは鼻が利くのだ。吸気のなかに鉄のような匂いが混じっ
ていたのに気付いてふと起きて電話を見据えた。そのときだった。
 暗く静寂に満ちていた部屋にけたたましく電話の音が鳴り響いた。それに反応して電話
を取った。
「はい」
「日向か」
 電話の主は教官だったらしい。声音で何かがあったなと判断して顔を引き締めた。
「教官?」
「緊急任務だ。外に出ろ」
 その一言だけで緊迫した空気が部屋に満ちる。夕香は電話を切って部屋を出た。そして
外に出ると火の手があちこちに出ていた。
「初回からすまないが実戦だ。実戦能力と判断能力が優れていたお前達が適任だと思って
な。科内と村雨は他にあたっている」
「分かりました」
 事務的に答えたのは月夜だった。その左手は右腕を掴み何かを堪えるように眉をひそめ
ていた。
「散れ」
 その言葉を合図に夕香と月夜は命じられた所に向かった。
 そこは酷く臭っていた。月夜は眉を寄せて右腕を鼻に当てていた。夕香は左手で口と鼻
を覆い顔をしかめた。
「なにここ」
「……腐臭と血の臭い。煙幕の臭いと焦げ臭い。後は、人が焼ける臭いだな。簡単に言う
とたんぱく質と人の脂肪が焼ける臭いだ。さっさと帰るぞ。ここには敵がいない」
 立ち去ろうとした月夜の背に襲い掛かる影があった。
「藺藤」
 月夜は振り返ると舌打ちをして脇に飛び退った。さっきまで月夜が立っていた所には両
腕に鎌を持った鼬のようなものがあった。
「鎌鼬か」
 頬にかすったのかジワリと深紅の液体が月夜の白い頬ににじみ出てきた。それを手の甲
で拭うと目を細めた。
「……三匹、いや、六匹か」
 滑らかな動きで月夜の右手が空を切った。そして現れたのは横に真っ二つになった鎌鼬
だった。軽やかな動きで舞うように右手を降り六匹いると思われる鎌鼬を全て倒した。
「日向、脇」
 その言葉に反応して鋭い動きで夕香は両手を横に振った。隙を見せた夕香に誘われた二
匹が左右斜めに斬られ絶命した。
「…こいつ等が、斬ったのは間違いないが、炎は」
「朱雀ね、神気が混じっている。……汚されたから浄化しただけ。……怒り狂っている」
 右耳に右手を当てて目を細めた。他に視える物はないか、感じるものは無いかと心に問
い掛ける。そして月夜や夕香が持つ力、霊力の波動を感じて目を細めた。
「召鬼法で鬼を呼ぼうとして失敗して、鎌鼬が出てきてばっさりね。厄介な事を残してく
れたね」
 目を細めると夕香は何処かに消え去った。それを追って月夜も消える。
 
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